子ども心を見直そう



 子どもの心をどう育てるか、自分を見失いかけている子どもをどう育て直すか、という話に入る前に、子どもとはどういうものかについて、あらためて理解を深めていただくことにしましょう。
「子どもとはどういうものか、ですって? 生まれてからずっと毎日一緒に暮らしているもの、よく分かっているわ」
とおっしゃるかもしれませんね。

 でも、もしかすると、私たちおとなは、かつて自分自身が幼いとき周囲のおとなたちから正しく理解してもらえなかったように、自分自身がおとなになってからも、「子どもとはこういうものだ」という思いこみのままに子どもを見ているかもしれないのです。子どもは反論することを知りませんから、こういうものだという目で見られれば、まさしくそのとおりの姿を私たちに見せ、こういうものだという誤解はますます確かなものになっていきます。

 でも、ここで、サン=テクジュペリの『星の王子さま』(内藤濯訳、岩波書店)に出てくる有名なことば、
「かんじんなことは、目に見えない」
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない」
を思い出してください。

 子どもは何も知らない白紙のような状態で生まれてくる、だから、おとなが大切な知識や行動をそこに書き込む(教え込む)ことが大切だ、という子ども観があります。いわば「ゼロから育てる」子ども像です。

 言葉を話すことを例に取るなら、赤ちゃんは最初泣くことで要求を伝えていますが、やがて泣くことから声を出すことが分かれ、最初の誕生日前後になると片言が現れ、やがて二語文・三語文を話すようになり、それからますます複雑な内容を伝えることができるようになります。言葉を聞いて分かるようになる能力は、話すより多少早く育ちますが、それにしてもせいぜい数か月先んじているだけで、だから、おとなの話すのを赤ちゃんが聞いて理解するはずはなく、せいぜい、話すおとなの表情や語調や身振りから何かを感じ取るにすぎない、と考えられてきました。

 また、子どもとは動物に近く、本能のままに生きており、もともとがわがままで、分からずやで、自分かってで、自己チューな存在だ、だから、人間らしいふるまいができるように厳しくしつけてやらなければならない、という子ども観もあります。いわば「マイナスに抗して育てる」子ども像です。

 そうした見方にも一理あるのですが、長いこと育児相談をしてきた経験から、それとはまったく異なる子ども像が浮かび上がってきました。

 それは、底抜けにやさしく親思いであり、かしこく物わかりがよく、お母さんと喜びや悲しみを共にする感情がりっぱに働いており、親自身が幼い頃から引きずっている苦しい記憶さえ知っており、直感や読心力にすぐれていて親の気持ちが無言のまま通じてしまい、みずから育つ力と向上心とを持ち、生きる喜びに満ちあふれている、という子ども像です。

 子育てが難しくなった時代にあって、子ども本来の姿が見失われがちです。見せかけの姿にまどわされず、子ども本来の姿を心で見ることができるようになれば、親であるあなた自身もまた、もともとはこんなにもすばらしい存在だったのだ、ということを思い出すことでしょう。

  おとなが思っている以上に話が分かる。
  物分かりがよく、親に協力する。
  優しく、根っからの親思い。
  向上心に満ちている。
  みずから解決する力を持っている。
  魂が光り輝いている。

 おとなが思っている以上に話が分かる。

 最初にお伝えしたいことは、赤ちゃんや幼い子どもでも、親が真心をこめて語りかければ、話がよく分かる、ということです。たとえ月齢の低い赤ちゃんでも、あるいは、重い知的なハンディがあるとされている子どもでも、自分にとって切実な事柄についてはちゃんと話が分かる、と思って付き合ったほうが、親も子も楽しい日々を過ごすことができるでしょう。

 たとえば、4か月の赤ちゃんがパパと入浴するときにかぎって大泣きをする、という相談があったので、「赤ちゃんでも話が分かるということをパパに教えてあげたら」と返事を書きました。パパは、「そうか、赤ちゃんでも話が分かるのか、ちゃんと話してやらなくてはいけないんだな」と納得してくれたそうです。

 その日もパパと入浴して、最初はやはり泣き声が聞こえたので、ああまたいつもの大泣きになるかなと思っていたら、やがて泣き声がしずまって、それからずっとパパと入浴できるようになった、といううれしい報告がありました。浴室でパパが何をどう話したのか、それはパパと赤ちゃんだけの秘密のようで、ママも教えてもらえなかったそうです。

 赤ちゃんが話が分かるように思えるときというのは、実は、表情や声の調子などで何となく雰囲気が伝わるだけで、言葉が分かるのではないのだ、
 でも、赤ちゃんはほんとうにお母さんの言葉が分かるのでしょうか。そう思ってしまうのは錯覚で、ほんとうは、おとなの表情とか、その場のふんいきとか、言葉に込められた感情的な響きから、言わんとすることがなんとなく伝わっているだけなのではないでしょうか。
 そうした言葉以前の伝わり方が大きな役割を果たしていることはたしかですが、それにしても、「いや、それだけではない、やっぱり話が分かるんだ」と言いたいのです。
 それは、言葉を言葉として理解するおとなの理解力とは違っていることはたしかです。感情的な色合いと一緒くたになった、未分化な伝わり方かもしれません。それでもやっぱり、赤ちゃんにとって重要な意味を持つ事柄に関しては言葉が分かる、という実感があるのです。詳しくは、『やさしいふれあい体話術』の「第1章 赤ちゃんは話がわかる」を読んでみてください。


体験談「す、す、するどい!」

 パパとママの仲にはとても波があって・・・ここ数ヶ月、離婚危機かっと思えば、ここ数日、休みの日に二人でデートに行ってしまう仲。

 子どもも、どうしていいか分からないなりに、危機のときはいろんなアイデアを出してくれる。「ごめんねを言えば仲良くなれる」とか、「パパにもいっぱいいい所あるじゃん」とフォローしてみたり・・。

 でも今は、ずっと停滞していた‘危機時期’も、ある事をキッカケに‘仲良し時期’になったので、子どもたちにも宣言しておいたんです。

ママ「パパとママ、今はすっごく仲良しだよ」

 すると昨晩、子どもたちと遊んでいたはずの主人が、私をふざけてお姫様抱っこしてきた(子どもたちを持ち上げて遊んでいると、テンションが上がってなぜか私を持ち上げたがる主人)。しかし、でかすぎるママはそれではどこにも運べないので、肩に担ぎあげた。そのあげ方が悪く、腰痛持ちの私には腰に負担が掛かったので、「腰が痛いよぉ~」とすぐに下りてしまった。

 すると、するどい次女が、
「パパとママ、本当に仲良くなったね。だって、今までのママだったら‘痛いなっ!やめてよっ!’って言ってたよね。なのに今は‘腰が痛いよぉ~’って言ってた」
す、す、するどい!

 物分かりがよく、親に協力する。

 話が分かるというのは、話されたことが理解できるという意味だけでなく、「あいつは話の分かるやつだ」などというときのように、「納得してくれる」という意味でも使いますが、この意味でも、赤ちゃんは話が分かります。

 たとえば、赤ちゃんが病気で入院することになり、しかも、事情があってどうしても親がずっと付き添ってやれないときなど、「なぜ入院しなくてはならないか、なぜいろいろな検査を受けるのか、なぜお母さんがずっとそばにいてやれないのか、お母さんがどんな気持ちで家にいるのか、いつになったらまた家に帰れそうか……」などいろいろな事情を、心をこめて話してあげるといいですよ。

 でも、何と言っても未熟で、大事に守ってやらねばならない子どものことですから、頼み込むのはどうしてもという場合だけにしましょう。たとえばお腹の赤ちゃんに、「何月何日に、何グラムで、するすると楽に生まれてきてね」などと安易な頼みごとをしてはいけません。もし何かの本でそうしたことが書いてあったとしたら、その本をていねいに読み返してみてください。そうした頼みごとを勧めているわけではなく、そうした頼みごとが可能なほどに「子どもは話が分かる」ことを伝えようとしているのが主旨だということが分かるでしょう。お腹の赤ちゃんには、「あなたの生まれてくるのを楽しみにしているよ。あなたの好きなとき、好きなように生まれておいで。そのために、何かママにできることがあったら教えてちょうだい」と伝えたいですね。

 話すときには、抱き上げたり、手を握って話しかけるほうが、子どもからの「返事」が聞き取りやすくなります。つまり、子どもが声や表情だけでなく、体を動かしたり、体の緊張を微妙に高めたり、全身を使って返事をしてくれる手応えを感じやすくなります。

 こんなふうに話が分かるのですから、初めて保育所に行くという不安な体験をするとか、予防接種のような痛みを味わわなくてはならないとか、ここぞというときには、前もってちゃんと話してあげたらいいのです。

 もちろん、つらければ泣きますが、泣き方が違います。頭では納得しつつも、でもつらいなあという気持ちをヨシヨシと聞いてもらって、心から納得して落ち着くための泣きになるのです。この場合の泣きは、言ってみれば子どもを立ち直らせる自然治癒力のようなものです。

 それを額面通り「いやだよう」と聞いてしまうと親のほうが切なくなり、その切なくなった親を見て子どももおおらかに訴えにくくなります。「いやだ」ではなく、「いやだと言って泣きたいよう。甘えたいよう」「いやだと泣くからよしよししてほしいよう」と翻訳して聞けば、「よし、よし。いやだよねえ。でも頼むね」と慰め、励ますことができるでしょう。

 かわいい我が子の泣き声を聞きたくないばかりに、つい、前もって何も予告や説明をせずに、いきなり注射を受けさせたり、「痛くないよ」「泣かないの」と打ち消したりしてしまいますが、それでは、子どもの気持ちより親の気持ちを優先させてしまうことになります。

 保育所に預けるときでも、親子で遊びに行くようなふりをして連れて行き、子どもが親から離れて遊び始めたのを見澄まして、内緒でそっと帰ってきてしまう、などということをしてはいけません。堂々と別れを告げて、おおらかに泣き別れをしたほうが、子どもは傷つかずにすみます。


★体験談「‘抱っこ’の約束守っているよ」

 上の娘、下の娘、チビ太君がそれぞれ阿部先生と抱っこの約束をした。子どもって本当に素直!阿部先生との約束を帰ったすぐから守っている…
「‘抱っこ’の約束守っているよ」

〈阿部先生との‘'抱っこ’〉
 火曜日に‘抱っこ’に行って来た。今回もやっぱり泣けた~~>_<。

 上の娘の抱っこからのスタートで、私が抱っこしてみたものの、「・・・」。とにかく日頃の気になる事を言ってみよう、「・・・」。体に時々力は入ったのを感じるけど、それで終わり。

 そこで阿部先生に抱っこを代わる。そして私が、何よりも気になる姉妹ゲンカの事を力説し始める。私が「とにかく上(姉)が下(妹)をいじめるそのやり方が、私の兄が私にやっていた事にそっくりで腹が立つ」と話している内に、「ウ~~~~~」と泣き始めた。私はなんでこの子が、私の小さい頃の話なのにここで泣き出すのかとても不思議だった。もちろん抱っこの事を知っているから、私の小さい頃を子どもが感じている事は知っていたけど、ウソみたいって感じだった。

 そして私が小さい頃の事を阿部先生に話していると悔しくて、悔しくて泣けてきた。ポロポロ泣いたけど、本当はもっと「ワーーーーー!!!悔しい~~~~~!!」って泣きたかった。でも泣くとバカにされていたのを思い出して泣くのも悔しくなる。

 阿部先生に、「ママは小さい頃の自分に乗っ取られて、娘に仕返しをしないように」と言われてホッとした。切れた時は自分なのに自分じゃないような気がしていたから。

 そのころ芳子先生に見て頂いていたチビ太君も、「ママの助けになれない自分を悔しそうにしていた」と聞いて、代々受け継がれてしまう切ない思いを感じた。それこそ私は代々‘悔しい’思いの強い家族たちの中で育ったと思う。祖母や両親、兄たちはいつでも相当な‘悔しい’があっただろう。

 次は下の娘の抱っこ。なにしろ出かけた先でダダこね・癇癪に困っていた。どうやら家にいるときは大忙しのママだから、外でしか甘えられないと思っていたようだった。それじゃあ~ね~、無理もないと阿部先生。

 上の娘は妹をいじめてしまったりいじめそうになったら「大好きだよ、チュ」。
 下の娘は常に一秒ハグを。そして本人は外ではひっくり返ってダダをこねない事。
 チビ太君はダダこねに付き合いながら時々抱っこを。
これを約束して修了。

〈‘抱っこ’のその後は〉
 子どもって本当に素直でびっくり!! 阿部先生との約束を帰ったすぐから守っている。

 上の娘は妹をいじめた後に、「私いじめちゃったよ。ママの側にいるから抱っこしてよ!」と言うように、私の横で小さくうずくまって待ってる。そうしてくれれば私も忘れることなく抱っこしてあげられる。

 下の娘はすぐにひっくり返って大泣きする。でも今までとは違い、必ず家の中だけで。外では頑張って泣かないでいてくれる。「ママ!今泣かないように頑張ってるんだからね」とかなり直球で知らせてくれる。それに一秒ハグはもう始終。簡単なようで難しいけど。

 チビ太君は何でも必ず「イヤッ!」を言う。それでも私が少しでもダダこねに付き合えば頑張ってくれる。でも、ダダこねにちょっと付き合うその‘ちょっと’が本当に大変。

 私が苦しくならない内にまたお願いしなくちゃ><。
 そんな中、夏休みの終わりをじっくり味わってみました。

 優しく、根っからの親思い。

 23歳の夏、交通事故で失明した竹下八千代さんは、結婚して2人の男の子の母親になります。長男の創くんが2歳半ぐらいになったある夕方、創くんが食事中にスプーンを落としたので、拾ってやろうとして手探りするのですが、なかなか見つかりません。創くんはいすの上から、「もっと右、もっと椅子の真ん中の下」と説明するのですが、だめです。お母さんがとうとういらだって、「もう、自分で拾いなさい」と怒ると、創くんは泣いて椅子から降りて、「もっと右、椅子の真ん中の下」と繰り返しながら泣き続けます。

 はじめは創くんのわがままに腹を立てていたお母さんでしたが、いつまでも泣きやまない創くんの泣き声が途中から、「なんで僕のママはお目々が見えないの」と、お母さんの目が見えないことを、お母さんの代わりに泣いているように思えてきたそうです。

 その創くんが6歳になったとき、突然何やら怒りだしました。お母さんは理由がまったく分からなかったので、「何を怒ることがあるの」と逆に叱りましたが、ふと、ママの目が見えないことに腹を立てていることに気がつきます。というのもその頃、「ママの目が見えたらいいのに。僕の顔を見て欲しい。ママ見えへんから無理やわ」とよく言うようになっていたからです。

 そう気がついたお母さんが叱るのをやめてしみじみと語りかけると、急に泣きながらしがみついてきて、「見えないままのママでいいの。このママじゃないといけないの」と言ったそうです。竹下八千代著『音しずく』(ミネルヴァ書房)に書かれているエピソードです。

 無条件の価値付与、と言ったらいいのでしょうか。先日もたまたま来合わせた2歳の女の子と年上の男の子がふたりして、私にボールをぶつけてやっつける「遊びのパーティ」風の遊びをしていました。ふたりともお母さん思いのやさしい子どもで、私にはぶつけますが、自分のお母さんにはぶつけようとしません。

 そのうちに少し興奮が高まってきたら、男の子が女の子のママにボールをぶつけ始めました。柔らかいボールで、痛くはないんですよ。でも、女の子は、「ママにはぶつけないで」と叫ぶなり、ママの体にひしとしがみついて、自分の体でママの身を守ろうとするのです。ママはもう、うれし涙でウルウル……。

 「そのままでいいの」は「そのママでいいの」と書き直したくなりました。子どもって、ほんとにありがたいですね。私たちも子どもに向かって、何ができてもできなくても、「このままのあなたでいいの。このあなたじゃないといけないの」と、無条件の価値付与をしてあげたいですね。

 年子で生まれた兄妹の子育てやら、社宅での人間関係やら、日々の暮らしのいろいろな原因が重なってイライラがつのり、とうとう2歳の男の子をひどく叩いてしまった、というお母さんが涙声で電話をしてきました。愛情豊かなやさしいお母さん、つい子どもに八つ当たりをしてしまってから、いじらしいほど自分を責めています。

 取り返しがつかないことをしてしまった、とおろおろするお母さんに、「謝ればいいんですよ」と私はつとめて明るく、あっさり言いました。子どもとしては、叩かれた痛みや理不尽さよりは、お母さんの大変さ、苦しさを感じて心配しているはずです。その願いは、謝ってもらうことよりも、お母さんが元気になり、お母さんらしさを取り戻してくれることでしょう。
「謝ればいいんですか?」
「そうですよ」
「実は、さっき叩いたあとで、子どもを抱きしめて謝ったら、子どもが『おかあさん』の歌をうたってくれたんです」

 お母さんとしては、うれしくもあり、子どものやさしい気持ちに触れて、よけいに自分を責めてしまったのでしょう。「心がつながってよかったですね」と答えて、電話を切りました。

 こんなふうに、子どもは根っからの親思いです。親の苦しさは、隠してもすぐに伝わるので、子どもは親のことを心配でたまらなくなります。

 ですから、子どもがSOSを発信するようになるときというのは、必ずしも自分がこうしてほしかった・ああはしてほしくなかった(いきなり断乳をされてしまった・赤ちゃんにお母さんをとられてしまった、などのような)という場合だけでなく、親のことを心配するあまり落ち着いていられなくなった、という場合も少なくないのです。

 そして、心配が高じると自分を責め始めます。自分のアトピーやハンディのことで親に心配や苦労をかけたという場合はもちろん、子どもとは関係のない原因のときでさえ自分を責めがちです。

 そして、お母さんにはすこぶる寛容で、理不尽に叩かれたことを根に持ったりしません。お母さんが元気になると、たちまち元気を取り戻します。親子の仲が深刻にもつれてしまうのは、和解がないまま思春期を過ぎてしまった場合なのではないでしょうか。

 また、別のお母さんは、生い立ちのなかで引きずってきた寂しさを夫にも分かってもらえないいまま、それでも、子どもに八つ当たりする子育てだけは繰り返すまい、と自分をいましめていました。

 でも、苦しいイライラがどうにもならないところまで高まったある日、それを察した一歳八か月の男の子もぐずりだしました。

 お母さんが抱き上げると、坊やは腕の中でもがきながら苦しそうに泣きだしました。お母さんはそれを見てたまらなくなり、もう思い切って、自分の気持ちを坊やに聞いてもらおうと決めて、ずっと苦しかったことを一つずつ言葉にしてみました。涙が次から次にこぼれ、気がつくと声をあげて泣いていました。坊やはいつのまにか泣くのをやめて、じっと話を聞いてくれていました。
「私の涙が止まると、顔にそっと手を触れて、ニッコリ笑ってくれたのです。ふしぎな、すてきなできごとでした」

 それからは、二人で顔を見合わせての泣き笑いだったそうです。

 泣き笑いをするところまでくれば、もうしめたもの。お母さんの奥深いところでずっと訴え続けていた、傷ついたおさな心が温かい涙で洗い流されて、笑顔を取り戻したのでしょう。「いま泣いたカラスがもう笑った」はおとなも子どもも同じです。

 お母さんは、「心の闇に引き込まれないように光を差し込んでくれたのは、ほかでもない息子だった。息子に助けてもらったんだ」と思い、目には見えないへその緒を実感したそうです。

 ここに紹介したのは特別の子どもではありません。子どもはみな、やさしく、親思い。それが子どもの本質です。

 だからといって、子どもは子ども。幼い子どもにいつまでも、過大な負担を負わせてはいけません。幼い子どもは親に頼ってこそ無事に生きていくことができるのですから、お母さんが元気でいきいきしていてくれないと困るのです。
「さあ、今度こそ、お母さんがお母さんになる番ですよ」と私はお母さんを励ましました。


★体験談「一緒に泣くんだ」
 
 阿部先生はじめスタッフの先生方。
 御無沙汰しております。7/23に始めて抱っこ法に通わせて頂きました。その折は大変お世話になり、ありがとうございました。

 私はいくつかの心配事があってそちらへ伺わせて頂きました。
1)むすこが目を見て話しをしない。(怒られている時)
2)今まで楽しんでいたスイミングを怖がり、泣いて出来ない。
3)多動児に当てはまる様な気がする。

 抱っこ法は家庭保育園を通じて知り、何度かためしたものの、上手く行っていない様に感じていました。先生の所で抱っこをして頂き、お話を伺い“多動児ではない”と言われ安心しました。しかし、“この子の泣き方はガマンをしている泣き方”との事でした。

 先生から息子の事、私自身の事を色々と聞かれ思い当たる点を考えましたが、その時は“何もない”と言うのが私の答えでした。しかし先生から“長女と言うのはガマンをガマンだと感じずに頑張ってしまう所があるんですよ”と言われた言葉がずっと引っかかっていたのです。
 
 先生の所へお伺いして約2週間くらいたったある日、物を投げたり、私にちょっかいを出してきたり、なんとなくいつもと様子が違って見えたので、さっそく抱っこをしてみると、とても嫌がり泣きじゃくりながら次々出てくるむすこの訴え、一つ一つその訴えに耳を傾け、理解しようと思いました。
 その時、先生に言われた言葉を思い出したのです。
“長女…ガマン…”

 私自身ガマンする事も、辛い事もないと思っていました。今も…。でも、3人きょうだいの一番上として育ち小さい時から“こんな事で泣いちゃ駄目なんだ”と思い続けていました。涙が出てきました。その涙を息子が見ると今までにない泣き方で泣き出しました。

 私は言葉が出ませんでしたが、しばらく一緒に泣いていました。息子が“ママ泣かないで”と言うので、“これからは辛い時も悲しい時もタっくんと一緒に泣くんだっ”と言うと、“うんっ”と言ってスーっと寝てしまいました。とても不思議でステキな体験でした。
 
 その時以来抱っこ法はしていませんが 、私自身なんとなく気持ちがスーっとした気がします。息子に対する接し方も変わり誉める時も怒る時も嬉しくて、喜ぶ時も一つ一つ言葉にし、お互いに理解しあえる様に…と思っています。

 目を見て話さなかった息子が私の話をじっくり聞き、自分の意見も主張してくれます。よっぽどのことがないと泣かない息子が泣いています。嫌がっていたスイミングも、今では楽しく参加し、一人で泳げるようになりました。あの日以来、明らかに変わった…と思えます。タクマも心のどこかでガマンしていたのでしょう。もっと早く気づいてあげられたら…でも長い人生のうち2才で気づいてあげることが出来て良かったと思います。勝手かな。

 母親として少し自信がつきました。これからも息子と一緒に生きて行く、成長して行くつもりで母親として頑張って行きたいと思います。
 本当にありがとうございました。先生に出会えて良かった、と心の底から思います。これからも私のような未熟者の心の支えであって下さい。

★体験談「ボクにはできないよ」

 1歳半になるEちゃんは、パパが仕事に出かける時は、毎朝大泣き。ママはそんなにパパがいいのとヤキモチ焼けてしまうくらい。でもパパが家に帰ってくると、何かと突っかかって、「パパなんか行っちゃえ!」というかのように玄関から押し出そうとしたり、「パパ、イヤー!」なんていうしで、どうなっているのか、子どもの気持ちがわからないとママ。

 援助者がお子さんを抱っこして、ママの話をお聞きしていくと、ママは出産後からマタニティブルーで、元気がでないでいるので、パパや誰かがいてくれる時は紛れるのだけれど、昼間子どもと二人になると、さみしくて気持ちが落ち着かなくなってしまうといいます。土日のパパがいる日が待ち遠しいのだそうです。

 「パパがいてくれないとボクにはママを助けられないよ。パパどうして行っちゃうの? どうしていつもいてくれないの? 早く帰ってきてよ。パパがいないとぼく困るよ」というのが、抱っこしてわかったお子さんの気持ちでした。

 ママが大好きで、ママに元気でいてほしくて、でも小さい自分ではどうにもできなくて、パパをとても頼りにしていたんですね。朝に泣いて後追いするのも、パパが帰ってきた時に八つ当たりするのも、パパを見込んでだったのですね。

★体験談「生後20日の赤ちゃんの気持ち」

 赤ちゃんが生まれて20日が過ぎました。お母さんと赤ちゃんは、お母さんの実家にお世話になっています。お父さんは家がすぐ近いので、毎日会いに来るけど夜は帰っていきます。その日会いにきたお父さんが、珍しく挨拶もしないで帰ってしまった後、2階にいる赤ちゃんがいつになく激しく泣いているのです。お祖母ちゃんが見に行くと、お母さんが悲しそうな顔をしています。聞くとお父さんの実家からお宮参りの話や、孫に会いたいという話があったようです。お母さんはまだ赤ちゃんにおっぱいを飲ませることも軌道に乗らないし、慣れない子育てに手一杯で、寝不足も続いていて全く余裕が無くて、それどころではありません。

 お祖母ちゃんは、お父さんの実家のお祖父ちゃんお祖母ちゃんが、孫と嫁の入院中、毎日見舞いに来てくれていた事を考えると、孫に会いたい気持も分かるので、お父さんとその時間や時期を相談するよう提案しました。

 お母さんは、「このままでは赤ちゃんが落ち着けなし、おっぱいも飲んでくれないから」と、早速お父さんに電話をしました。赤ちゃんはお母さんが電話を取ったとたん、それまでお祖母ちゃんの腕の中であれほど激しく泣いていたのに、泣きやんで静かになりました。そしてまるでお父さんとお母さんの会話を聞いているように、時々「あーー」と声を出しました。

 2人の話し合いの結果、お父さんの実家へ行くのは2時間ばかりの食事会にすること、お宮参りは3ヶ月過ぎて首が座ってからの頃にしようと決まりました。

 お母さんは電話が終わると、「こんなに私のことを心配してくれたんだ」と赤ちゃんを抱きしめて、うれし泣きに泣きました。その時のお母さんは疲れも取れたようなしあわせそうな表情でした。そしてそのあと、赤ちゃんは何事もなかったかのようにおっぱいを飲んでいました。

 子育てはお母さんが子どもを見守っていると思っていますが、本当は子どもに見守られているのですね。


★体験談「ただいま!」

 無事手術を終えて、18日に帰って来ました。
 しばらくは長い時間坐っていることが辛かったので、パソコンにも向えなかったのですが、昨日辺りから少し楽になってきました。もう大丈夫、元気です!

 入院中もそして今もなんですが、Tちゃん、なんとかがんばってくれています。ホント私以上にしっかりしているんですよ(ムリはさせていなかったと思うんですが・・・)。

 手術の日は、時間が決まっていなかったので、Tちゃんが病院にいても退屈だろうから、保育園に行くように夫に言って入院したんですが、「Tくんお母さんの応援に行きたいの」と、何時間も待ち時間があっても、「大丈夫だから」と言って朝から病院にやってきました。そうだ「お母さんのことが心配で保育園なんか行ってらんないよ」「一緒にがんばりたよ」とTちゃんも思っているんだよね、と気づいたら「保育園に行っててね、手術の日は来なくてもいいよ」なんて、なんて寂しいことを思っていたことか。「Tくん、ごめんね」って感じでした。

 結局この日は朝から夕方まで長い時間、Tちゃんも応援してくれて無事に手術も成功。毎日のようにTちゃんは面会にも来てくれました。かわいいもので、夫がトイレやタバコで席を外すと、ベットに入ってきては「おかあしゃ~ん」とべったりくっついて。別れ際も帰りたくなさそうにしているのでギュ-って抱きしめると、「じゃあ、おかあしゃんばいばい」ってキリッとして元気に帰っていくんですよ。もうTちゃんには参りました。

 術後の経過が良かったので、予定より3日早い退院となったので、退院の日は本当は保育園の日だったのに「お母さん迎えに行くから休みます」って自分で言いに行って、それから迎えに来てくれました。

 その日は家に帰り、夫がトイレに入るとすぐに、「おかあしゃ~ん、よかったね。おかあしゃ~ん」と膝の上に坐ってくっついてきました。でも夫が部屋に戻ってくると平気そうな顔をして遊びだして。夫の前では泣いて甘えることが出来ないのかもしれないですね。

 しばらくはお腹の上に乗られると痛かったので、いつものようにあっぷっぷ(赤ちゃん抱っこ)できないから、遠慮がちにくっついて少し我慢のTちゃん。そういう意味で今がんばってもらっていると言うわけなんですが。すぐにはいっぱいいっぱい、よしよししてあげられないので、ちょっとかわいそうですよね。「Tちゃんごめん。痛いの治るまでごめんね。だんだん良くなっているからね」とは言っているんですが、Tちゃんの様子を見ている限りでは、はい今日からもう大丈夫と言うように、この日を境に良くなると思っているような・・・。日柄ものと言うのがわからないですよね。ちょっと言葉でもうまく伝えられないでいるので、我慢させたままのようになってしまうんですが。Tちゃんにも話してはいるんですが、もう少し落ち着いたらいっぱい「偉かったね、よしよし」ってしてあげなくっちゃって思っています。

 でも夫の前では泣けないように、秋山さんの所へお邪魔した後に、「手術・入院が心配、さみしいよ~」と言って抱っこした日があったのですが、2階の母を気にしてか声を押し殺して泣いていたので、やはり母の前でも遠慮してしまうのだな~と感じています。

 とても家では泣けそうにない時は、すぐに秋山さんに会いにいきますから。その時はどうぞよろしくお願いします。

 いろいろご心配お掛けしましたが、体の方はもう元気になるばかりです。早く元気になってまたTちゃんと秋山さんに会いに行きますね。少し遅くなりましたが、退院の報告まで。

向上心に満ちている。

 すべて子どもの言いなりになっていたら、子どもはわがままになってしまうかもしれません。でもそれは、もともとが子どもがわがままだからということではありません。
 子どもは向上心の塊です。親にも喜んでもらい、自分でも誇りに思えるような自分になりたくてたまらないのです。でも、自力では向上心を発揮することができません。おとなの導きが必要です。
 親の言い分を受け入れなくてはならないとき、子どもはダダをこねて気持ちを発散し、お母さんに共感してもらうことで、もっと遊んでいたい未練を断ち切ります。
 カンシャクを起こしたり泣いたりしている子どもの心のなかを占めているのは、ただヤダヤダの気持ちばかりではありません。お母さんが真心をこめて、子どもの自尊心に訴えていくほどに、「もつと遊んでいたい。でも、お母さんが言うことももつともだから、帰らなくてはいけないとも思う。でも、やっぱりもつと遊んでいたい。でも……」と、互いに相反する気持ちが闘いを始めます。
 心ゆくまで泣いたり怒ったりしてお母さんに慰め、励ましてもらうことで、その葛藤を克服して、自分の行動を調整することができるのです。
 でも、事情が許せば、つまり、一方的に親の言うことを聞き分けてもらう必要がなく、そこに妥協の余地があるなら、
「もっと遊んでいたい」
「じゃ、もうちょっとだけね」
「うん、わかった」
という交渉が行われてもいいわけです。
つまり、親と子が五分と五分の立場で言い分を出し合い、互いに納得のいく妥協点を見つけてもいいのです。
 こうしたやりとりを重ねていくと、親の言い分がしだいに子どもの内面に取り込まれていきます。
 「なぜそうしてほしいか」をいちいちていねいに説明してもらわなくても、図のド段のように、子どもの心のなかで、「もっと遊んでいたいけど、もう帰らなくてはいけないんだよな」という納得をしやすくなります。
 自尊心、向上心がありますから、遊びたいのを断念して、親にも喜んでほしい、自分でも「おにいさん・おねえさん」としてふるまうことのできる喜びを味わいたいのです。
 でも、遊んでいたい未練はありますから、その未練を断ち切る手伝いをしてほしくて、「もつと遊んでいたい」とダダをこねるのですが、子どもの本心はむしろ、表に現れない「もう帰らなきゃ」のほうにあるのです。
 そんなとき親が、「もう帰らなきゃ」という子どもの気持ちに気づかずに、ダダこねだけを見て、「何をワガママ言つているの!」と叱りつけたら、子どもはがっかりしてしまいます。
 また、「そんなに遊んでいたいの、しかたがないわね」と譲ってしまっても、やっぱりがっかりしてしまいます。
 子どもの向上心を信じながらどのように子どもを導いたらいいか、著書『1~6歳 成功する! しつけの技術』や『ダダこね育ちのすすめ』で詳しく述べました。また、赤ちゃんのうちから、原しつけとも言うべき親子のやりとりを重ねていくと、乳児期を楽しく過ごせるだけでなく、幼児期のしつけに無理なく軟着陸できるということについては、『やさしいふれあい体話術』や『いい子に育つ! 6000回のおむつがえ』に紹介されています。


★体験談「ママの修行」

〈第1信〉

 こんばんわ。今日面白い出来事があったのでお伝えします! 次回の抱っこの時にと思ったのですが、それまで我慢出来そうもなくて(笑)。

 娘が今夜(もう昨夜ですが)お風呂の後に、ママが選んだパジャマが気に入らないとダダをこねだし、「外に着て行く服を着る!」と言い張りました。一通り話して聞かせたのですが、まるで折れる様子がなく、私自身もとても眠かったせいで娘と張り合う事が出来ずに、「じゃ、今夜は特別だよ~」と娘が選んだ外出着を着る事を許したのです。

 そして寝る前の「今日のMちゃん」で、「寝る前にパジャマが気に入らないとダダをこねました~」と言った途端、「ママ、どうして外行きの服を着ていいよって言ったのよぉ~」と言われたのです。その瞬間ハッとして、「そーか、ママにもっと頑張ってもらいたかったんだね~ 外出着が着たいケド、寝る前はパジャマを着ようねと言ってもらって、イヤイヤしたかったんだね」と言うと「そーだよ!」と。

 嗚呼、娘に一本取られました。3歳児、恐るべし!です。何だか私が育てられているような・・・。もっと張り合えるように体力つけなくちゃ!と決意した次第です。(^-^)v


〈第2信〉

 こんばんわ。いつもお世話になっております。先生の新刊を読ませて頂き、日々焦る思いもありますが、「現実ベストでいいんだ~」と再確認し、気持ちが楽になりました。

 そして、本の母乳育児相談室のエピソードを読んで、しばらくお会いしていなかったF先生に会いたくなり、一昨日会いに行ってきました。F先生にはMちゃんが生まれたときからお世話になっているので、帰り際Mに「ここはMちゃんのお家なのだから、いつでも帰っておいで」と仰って下さり、とても嬉しかったです。色々な方に応援して頂いて、「よーし、頑張るぞ!」とファイトが湧いてきました。

 最近のMですが、とても落ち着いており、何より聞き分けが本当に良くなりました。抱っこに出会う前を思うと、気持ち悪い程です(笑)。

 先週、育児の会の例会がありました。スタッフの私は、色々仕事があるので、その時はMを保育に預けています。ですが、その日はとても嫌がり、保育室に入ってからも「ママのお膝で大人しく話を聞けるから」とか「今日は保育は嫌だ」と相当グズって嫌がったのです。あまりにグズるので切なくなり、(今日は保育はやめるか)という気持ちが頭をよぎった瞬間、阿部先生のお顔が浮かんできました! そして、(いかん、いかん、これは私にとっての修行だ)と思い直し、Mに「保育嫌だね。でもママは今日はお仕事だから、イヤイヤしながら保育に行こうね」と説明しました。Mは更に激しく泣き、「嫌だ~、嫌だ~」と保育士さんに抱っこされた後も泣き続け、そのまま保育室のドアを閉めて別れました。

 それから数分後、保育室のドアが開き、保育士さんに抱っこされたMが、「ママにバイバイするぅ~」と出てきました。泣きながら「ママ、バイバイ」と言うと扉が閉まり、その直後扉の向こうからはMの泣き声は元気な笑い声に変わりました。

 この出来事には、私も回りも驚いたのですが、最近のMは気持ちの切替が本当に上手になったと思います。イヤイヤを上手く伝えられない時は、一度泣き始めると、苦しいダダコネから抜け出せずに、もがき苦しんでいる様だったのですが、イヤイヤと素直に言える様になってからは、未練を断ち切るのが早くなったと感じます。

 前回のセッションが終わってからは、本人もダダコネを楽しむ事を覚えた様で、「ママ、ズボンはかせて~Mはイヤイヤって足をバタバタするけど、頑張ってはかせてね~」と注文する様になりました(笑)。そして本当に凄い力で「嫌だ~嫌だ~」と暴れながらズボンを履かせてもらうのです。その時の顔がとても楽しそうなので、「今どんな気持ちなの?」と聞くと「気持ちイイの!」と。

 抱っこに出会ったお陰で、本当に親子の幸せな時間を取り戻せたと思います。先日セッションを受けた友人も大感激していました。来月の例会での講演会で、もっともっと抱っこの輪が広がると良いなと思います。

 ここ数日、また寒い日が続いています。どうぞ、ご自愛なさってください。


★体験談「子どもの力」

 先日、サーカスを見に行ったとき、またいつもみたいに泣かれてしまうのかなー、とドキドキしながら行ったのですが、テントの中に入っても、結構平気でワクワクしている様子だったのです。その時、“クマさんとの写真撮影を行っています”と放送があったので、記念にとってもらおうとクマに近づいたら、とたんに、「ウワーン!」と泣きだし、「あっ、やめたらよかった」と思ったのですが、係りの人に押さえられ、おまけにクマさんの手をかけてくれたものだから、もう大変!! 席に帰っても、まだ「ウエーン」、パンフレットを配っていたピエロさんが心配そうに見てくれたら、もっともっと大きな声で泣きだしてしまいました。周囲からは、“あんなに大きいのに……”というような冷たい視線が送られてくるし、「これは、ショウが始まってもまだ泣いていたら帰らなきゃなー」と思っていました。

 ところが幕があいて、かわいい小犬たちが走り回っているのを見ると、ケロッとして、手拍子をして喜んでいるのです。そして家に帰ると、「サーカスおもしろかったね。ワンちゃんがべービーカー押してたね。クマくんが……」と楽しそうに話してくれました。おまけに自分の泣いている写真を見て、「ぼく、エーンエーンしたの。こわかったの」と話してくれました。
 
 私はとっても恥ずかしくてつらかったけど、息子は、周りのことを気にせず、自分のこわいという気持ちをストレートに伝えてくれました。そして、全部出し切った後は、とっても楽しくサーカスを見ることができたのです。なんか、子どもっておとながごまかさなくても、ちゃんと立ち直る力を持っているんだ、と感心してしまいました。

 でも、親って本当に自分勝手だと思うんです。息子がはじめ、友だちに玩具を取られても、何をされても、「イヤ、ダメ!」とも、泣くこともできなかった頃は、せめて泣くくらいしたらいいのに、とイライラし、とても悲しい気持ちになっていました。ところが、抱っこ法で慰めてもらって、やっと自己表現ができるようになったら、玩具を奪い取ったり、たたいたり、「あっち行って、きらい!!」と相手を傷つけるようなことを言ったりするようになり、“なんて乱暴な子なんだろう。親はどんなしつけをしているんだ”って、周りのおとなたちに思われているんじゃないか、まるで子どもを見て、私自身が採点されているように感じてしまいます。だから、しばらくどうするか見ていようと思っても、つい「そんなことしちゃダメ、言わないの!」と怒ってしまったり、たたいたりしてしまう、そして、お友だちと遊ばせるのがめんどうになり、家に呼ばなくなってしまいます。そういう私の気持ちが、今度は息子を苦しめてしまうのかもしれないと、またつらくなってしまいます。

 だけど、よく息子を見ていると、少し前までは、自分がやられた時や、私に止められて怒られた時には、泣いてくれなかったのだけれど、「くやしいよー、痛いよー」と泣いてくれるようになり、また、この玩具なら使っていいよっていう感じに先に配ったりするようになってきました。

 子どもって本当に純真で、その時感じたことをそのまま表現してしまう。それには、おとなのような汚れた憎しみや悪意はないのに、周りのおとなたちはその言葉や行動に驚いて、抑えつけてしまう。子どもは、そんなケンカをした後もケロッと遊べるのに、おとなは引きずってしまう。なんかとても悲しいですね……!!

★体験談「気持ちに寄り添える母になりたい」

 引っ越してから何度も電話で相談にのっていただき、ありがとうございました。先生とお話しすると、明日からこうやって接してみようと、明日も楽しみにできるようになりました。

 子どもの意志を尊重することと、子どもの言葉をそのままとらえることは全然違って、子どもの心の底にある思いに、寄り添うことができる母親になりたいと思っています。毎日、毎日、考えさせられることの連続です。

 先生のおっしゃる通り、「子どもは母親に協力したいと思っている」ことは、我が子からもすごく伝わってきます。下の子が泣いていると、息子は、見てないように遊んでいるふりをしながらも、いつも私の様子を伺い、真似しています。自分が抱っこして欲しいのに、「○○(下の子の名前)を抱っこしてあげいいよ」と、泣いている下の子をを先にといいます。腕が4本あれば…と思うことがあります。

 先日、息子の気持ちのモヤモヤを見るに見かね、じっくりイヤイヤをきいて、その後、癒しの抱っこをしっかりしたとき…私のそばから離れる時、拍手をしていた息子の姿が印象的で、心が通い合ったのを感じました。

 みずから解決する力を持っている。

 あるお母さんが、ちょうど歩き始めたばかりの一歳の子どもを連れて遊園地に行ったとき、なだらかな坂道がありました。その子どもは平らな道を歩くのは自在にできるようになっていたので、その坂道がちょうどチャレンジするのにぴったりの傾斜だったようで、行ったり来たりを何度も何度も熱心に繰り返して、ご両親が乗せたいと思っていた乗り物には見向きもしませんでした。
 坂道なら、なにもわざわざ入場料を払って遊園地に来なくてもどこににでもあるのに、とご両親は拍子抜けしたのですが、子どもの顔つきは、真剣そのものです。
 こうして自分がいまちょうど身に付けようとしている能力にぴったりの活動を見つけると、子どもはその活動を繰り返すことに熱中します。そして、その能力を自分のものにしてしまうと、たちまち興味を失い、また別のことに夢中になります。
 子どもに興味のないとき、こんなふうに同じことを何度も何度も繰り返させたとしたら、さぞかし退屈で、苦痛なことだろうとは思いませんか。おとなでもそうですが、退屈や苦痛に耐える力が弱い子どもならなおさらです。それなのに、興味のあるときには人から言われなくても、自分から進んで熱中します。遊びは自然が与えてくれたとっても効率的な学習の形なのです。
 子どもはおとなからの刺激を待っている受け身の存在ではなく、自分から成長し向上しようとするパワーを秘めているのです。
 ですから、たとえばおむつを替えようとするときなど、赤ちゃんが何かに熱中していたら、中断せずにちょっとだけ待ってあげて、頃合いを見て誘ってあげたらいいですね。
 それもいきなりでなく、「さあ、おむつを替えましょうね」と予告してあげましょう。「はい、替えますよ。お尻を持ち上げてね」と頼むと、赤ちゃんも協力してくれるようになります。
 遊んでいるうち何か思うようにならなくて泣きだしたときにも、様子によってはすぐ抱き上げてしまわずに、「何か手伝おうか」と声をかけてみます。
 そして、子どもの泣き声をヨシヨシと受けとめながら寄り添っていると、何とか自力でがんばって窮地を脱して、お母さんに満足げな顔でニコッと笑いかけたりすることもあります。
 「ひとりでできるように手伝って」と子どもは求めています。教えすぎたり手伝いすぎると、ひとりでできたという満足感を味わうことができません。必要なときにちょうど必要なだけ手伝ってあげましょう。
 ハンディのある子どもは、自分でやりたいと思っている気持ちを実行に移す過程でつまずきやすいので、手を添えて支えたり、でたらめな行動を止めたりという援助を人一倍必要とします。


★体験談「1歳9か月でももうおとな」

 このあいだ子どもの抱っこをしていて、とても驚いたことがあったので、ご報告したくてメールしてみました。「4歳は、もうおとな」といいますが、1歳9か月でももうおとなです。そんなことに気がついた抱っこでした。

 保育園でRが体勢を崩してしまい、お友だちの上に乗っかってしまった時、そのお友だちが怒ってRの腕に噛みついた、と保母さんから報告を受けました。夜、腕をみてみると、なんと赤紫にはれあがり、歯形に傷ができていました。普段なら「お互い様ですから」とほとんど気にしない私ですが、さすがにちょっとこれはひどいんじゃないかと保育園に抗議しようかと思うほどでした。

 これじゃさぞRもくやしかったろうに、と慰めの抱っこをしようと思い、子どもの腕をさすりながら、
「痛かったねえ。わざとやったわけじゃあないのにひどいねえ」
「噛まれてくやしかったね。痛かったね」
そんなことを繰り返して言ってみましたが、何の反応もありません。もがきながらも、知らん顔をしてそっぽを見ているのです。

 私はふと、最近やっとRも、お友だちどうしでまねっこしたり追いかけっこしたり、楽しそうにじゃれあう姿が見られるようになっていたのを思い出し(今まで保母さんの足につかまり、なかなかお友だちと遊べなかった)、Rにとってそのお友だちは仲がよかったのかな、と想像して、その子を責める口調になってもいけないと思い直し、
「痛かったけど、その子もやられたと勘違いしたんだよね」
「ちょっとくやしいけど、こういうこともよくあることだよね」
などと言ってみたけれど、やっぱり反応なし。眉をひそめてじーつと私の顔を見ているのです。そのまなざしが、なんだか私を責めているような不満げなまなざしに見えました。

 確かそのまなざしは覚えがある。しばらく言葉かけをやめてじーっと考えてみるとすぐに気がつきました。私が母親に向けたまなざしと同じような感じだったんです。

 それで「そっか!」と腑に落ちた気がして、
「そうか、ママわかったよ。そういうことはママの立ち入る問題じゃないんだね。Rの問題なんだ。ママが勝手に想像してわかったふりして、その子もきっと間違えたんだよ、なんて言ったらおかしいよね。Rの方がもっとよくわかっているよね」
と言ったら、ぱっとまなざしが明るくなり、「うん」とうなずくのです。
「そうかそうか、ママ気がついたよ。痛かったかもしれないしくやしかったかもしれないけど、なによりもRのお友だち関係があって、Rなりに感情も処理したんだね。子どもには子どもの世界があるのよね。それはもうママにはわからないし、立ち入る問題じゃないよね」
というと、何度も何度もうなずいていました。

 そして私が、
「ママは子どものころ、お母さんに話しを聞いてもらえなくて、学校の話をどんなに聞いてもらいたかったかわからないよ。だからRの保育園でのお話しを聞いてあげたいと思ったんだよ」
と私が子どものころ味わっていた思いを涙ながらに話すと、ぎゃーぎゃーと突っ張ったり、だんだんに涙をぽろぽろ流して泣いていました。そしてひとしきり泣くと、とても安堵したような顔でぐっすり寝入ってしまいました。

 普通ならちょっと驚くと思いますが、1歳9か月の子どもがもうすでに、自分の世界をもっているのですね。自分の感情や自分の考え方、交友関係、感情処理のやり方、他人の立場や感情を理解し状況判断までも。そしてそれは他人には侵されない自分の内面世界だということが、ちょっとした驚きとともに実感として信じられました。

 「4歳は、もうおとな」といわれますが、1歳9か月でも精神面ではれっきとした一人前です(もちろんオムツは取れていないし洋服は着れませんが)。ほんとは赤ちゃんの時からそうなのでしょうが、私は今、息子に教えられました。

 本当はこの抱っこのつづきがあるのですが、それはまたちょっと違うお話に発展してしまうので、またの機会にお話しします。涙、涙の抱っこはその後なのです(笑)。


★体験談「かけっこ」

 ご無沙汰しています。掃除しながらふと森さんへファックスを送りたいなあと思ったら、いてもたってもいられなくなってパソコンを取りだしてきました。

 この間の土曜日、Mの運動会がありました。我が家にとっては初の子どもの運動会です。感激することだらけの運動会で、さらにまた、自分を大きく反省した運動会でした。

〈中略〉

 そして、かけっこ。
 私は、自分も、自分の妹も、小さいときからずっと一番だったので、当たり前のようにMが一番になるものとばかり思い込んでいました。それまでに先生から聞いていた話では、Mは練習のときはいつも嬉しくて仕方ないようで、周りで上のクラスの子たちが見ているときなどは特にはしゃいでしまって「えへ、えへ」と笑いながら欽ちゃん走りをしているんですよ、という話でした。だから運動会の朝に主人が、「M、ちゃんと真剣に走るんだよ」とMに話していたときも、「まぁ、欽ちゃん走りなら欽ちゃん走りでも面白いじゃん」と言いながら、私は本心ではドキドキしていました。かけっこのMの番が近づくにつれて、「転ばないだろうか」「途中で私たちを見つけてこっちへ来てしまうんじゃないだろうか」と緊張は増すばかり。その緊張の中でも、もしMが真剣に走ったら、そうしたらきっと一番になるだろう、と期待していました。

 Mの番が来て、他の4人の子のあとに「Mくん」と呼ばれると、Mは嬉しそうに大きな声で「はいっ」と手を上げて並びました。よーい、どん。Mはいいスタートを切りました。真剣に走りました。はじめ、Mは一番でした。カーブで、外側を走っていたMは二番になりました。それでも真剣に走っていました。途中で一瞬転びそうになりましたが、そのまま、二番でゴール。私は、転ばなかったことにほっとしながら、少し残念に思いました。「二番かぁ」。口には出さなかったけど、一番になれなかったことにがっかりしていました。

 ところが、ゴールのあと、順位別の旗のところへ並ぶMの姿を見て、はっとしました。Mはとっても嬉しそうでした。ちょっと飛び跳ねてやったーという仕草をしていました。私は、そのわが子を見て、とたんに嬉しくて仕方ない気持ちになりました。Mが喜んでいた理由はもちろん正確には分かりません。が、走り終えたことが嬉しかったのか、二番になれたことが嬉しかったのか、よく分からないけれどもMが喜んでいることははっきりと分かりました。私はものすごーーーーーく自分を反省しました。そして、走り終えてあんなに嬉しそうにしているわが子を、とても愛しくて仕方ない気持ちになりました。あんなふうにかけっこそのものを楽しんでいるわが子を誇りに思いました。旗のところへ座ったMは、すぐにきょろきょろして私を見つけ出し、「ママー!!」と手を振ってきました。私は全身笑顔、という感じで両手を大きく振り返しました。そのあとすぐMのクラスは退場門へ並んで帰っていきましたが、その間じゅう私は手を振り続けていました。

 その日一日、私はずっとMに「すごかったね。頑張ったね。楽しかったね」と言っては、Mとべたべたくっついて過ごしました。「Mのかけっこ、かっこよかったね」と何度も何度も言いました。それは、本心でした。本当の本当は、かけっこのあとの、Mのあの喜んでいる姿が、かっこよかった。それが、この運動会で、一番の感動として私の中に残りました。

 Mが大きくなったら、いつか、そのことをまたMに伝えたいなぁと思います。もちろん、負けてくやしくて泣いてしまった子もいました。その子はその子なりに、一生懸命で、それもまた、とっても愛しい姿でした。でも、Mの、走り終えた後の、あのやったーの仕草がどれほどかっこよかったか。かけっこが一番だったら、あのやったーの仕草がこれほど心に残ることはなかったはず。何番であっても、走り終えた後にあんなに満足して「やったー」の気持ちになれるわが子、頑張って走ったことそのものに「やったー」になれるわが子、私は今まで自分になかったその感動を、わが子からプレゼントしてもらいました。

 時々同じ保育園のお友達のお母さんから、「うちの子は負けず嫌いだからねぇ…」という話を聞いて、うらやましく思ったりしていました。Mは今のところ、負けず嫌いという言葉とは縁の無い子です。負けず嫌いで粘りづよい、という他の子の話を聞くとよくうらやましく思いました。でも、MにはMの、素晴らしい才能がありました。あんなに嬉しそうなカオをする才能。全身で喜びを表現する才能。運動会の前、練習のときに、初めて衣装を着ての練習が「Mくん、もう嬉しくて嬉しくて仕方なかったみたいで、もうずっとはしゃいではしゃいで。はしゃぎすぎて衣装が破れてしまって『いやだぁー』と泣いてましたよ(笑)」と保育園の先生にお話を聞きましたが、今、そのMの姿が目に浮かぶようです。入園当時も、はじめてのお散歩のとき、Mはとにかく嬉しそうで全身から喜びがあふれ出すような姿で、職員室の先生たちにまで大きな声で「Mねぇ、お散歩行くの!」と呼びかけたと聞いたことがありました。そのとき職員室にいた先生たちが「見て!あのMくんの嬉しそうなカオ!」と話していたそうで、あとからその職員室にいた先生のひとりから直接話を聞いたこともあります。

 Mには、他の子には無い、こんな素晴らしい才能があります。私はこの運動会で、本当に貴重な経験をしました。当たり前のように一番を期待してしまう自分を、Mはいとも簡単に変えてくれました。喜びを周りにまで伝染させてしまうほどの豊かな感情を持ったわが子、これをずっと大切にしよう、と思いました。何番でもいいし、失敗してもいい、ただ喜びも悔しさも一緒に共有できる親子でいよう、と思いました。

 抱っこ法に出会っていなかったら知らずに通り過ぎたことが、きっとたくさんあります。こうして喜びを伝えられる森さんという存在がいることが、私にはまた大きな喜びです。つらくて泣くときも、嬉しいときも、森さんに話したいと思える。そういう存在がいてくれるということそのものが、私が自分の今までの人生を宝物にできる大きな理由だと思います。森さん、いつもありがとう。私の周りにある幸せにいつも気づかせてくれて、本当に本当にありがとう!!

 魂が光り輝いている。

 育児相談という形の私たちの仲立ちが何とか役に立って、親と子の心と心がしっかりつながってくると、子どもは最初に来談したときとはまるで違った、光りかがやく姿を見せるようになり、「ああ、これこそが、この子の本来の姿だったんだ、親を心配させていたそれまでの姿は、見せかけの姿だったんだ」、とあらためて思い知らされるのです。

 つまり、しあわせに生きていくのに大切な心の働きを、子どもは生まれながらに身に付けている、と考えられるのです。これは、いわば「最初から完成している」子ども像です。

 「ゼロから成長していく」子ども観と「最初から完成している」子ども観。これは、どちらが正しいかということではなく、両者があいまって現実の子ども像を創っているのでしょう。生まれながらにそなわっているものを仮に「魂」と呼び、ゼロから始まって一つ一つ身につけて育っていくものを「心」と呼ぶとすれば、心は魂に包まれて育っていく、と考えたらどうでしょうか。

 生まれたばかりの魂は無垢なまま光りかがやいていますが、いろいろな事情から容易に見失われがちです。それというのも、いまの世の中の、私たちおとなのせちがらい暮らしぶりが、社会から家庭へ、世代から世代へと影響を及ぼして、子育てを難しいものにしているからです。個々の親がいくら気をつけても、子どもたちは知らず知らずのうちに、存在を無視されたり、傷つけられたり、圧力を加えられたり、評価や期待によってゆがめられたり、……ということになりがちです。

 すると、本来の姿はかげをひそめて、聞き分けがなくわがままだったり、親を困らせたり、といった見せかけの姿が現れます。私たちおとなは、その見せかけの姿にまどわされて、子どもとはもともとこういうものだ、と思い違いをしてしまいます。それというのも、私たち親もまた、子どものときにほんとうの姿をなかなか分かってもらえず、いつしか自分でも、本来の自分の姿がどんなものかを見失ったままおとなになっているからです。

 いま社会的・歴史的な背景のもとで、いわば必然に近い成り行きで、子育てがひどく難しいものになっています。ですから、我が子が気がかりな様子を見せるようになったからといって、個々の親に原因や責任があるということではありません。けっしてそうではありません。「母原病」とか「父原病」といった言葉は絶対に使うべきではないのです。

 むしろ、親としては我が子に気がかりな様子が現れたときには、すてきな自分自身・すてきな親子関係を取り戻すチャンスを子どもが与えてくれた、と考えたらいいのではないでしょうか。育児相談をしていてつくづく感じることは、お母さんもまた、もともと秘めていた感性が働きだして、いろいろな気づきを重ね、自信を深めるにつれて、ご主人が惚れ直すのではないかと思うほどに美しくなっていく、ということです。お母さんもまた、光りかがやく自分自身を取り戻していくのです。


★体験談「抱っこ法に知り合えて」

 先日、抱っこ法の真髄に触れたような不思議な素敵な体験をしました。

 ある晩、4歳になる長男が布団の中で一人でしくしく泣いていることに気付きました。あわてて息子に「どうしたの?」と尋ねると、息子は、「幼稚園で嫌なことがあったの」と言って、普段幼稚園の様子をあまり話さない息子が、お友達に意地悪をされていることを語り始めました。その時の私は、嫌な事は嫌ときちんと言え、めげずに立ち向かっていける強い精神力を養ってほしいと願い、「目には目を、歯には歯を」ではありませんが、「嫌なことを言われたら、同じ事を言い返して、嫌なことをされたら、けんかになってもいいから同じことをやり返したら?」としか言えませんでした。
 また、同じ週のある日、いつも息子が「ダメ!一緒に遊ばない!」と意地悪を言ってしまうお友達と大喧嘩をしてしまいました。

 彼は1週間の間で、意地悪をされる立場とする立場の両方の気持ちを味わうことになってしまったのです。さすがに親の私としては両方の立場で事の対応について考えなければならず、大変精神的に追い詰められる苦しい思いをしました。幸い、幼稚園の先生方は信頼できるし、園のお母様方もすばらしい子育てをなさっている方が本当に多く、園でのこういった人間関係でのトラブルについて真剣に向き合って解決していく雰囲気があるので、いろんな人に相談をし、当事者のお母様方とも話をして解決策を見いだせました。

 私自身がすっかりすっきりしたその日の晩のことです。妙に甘えてくる息子を抱っこしていると「ママ、前、おっぱいの病院で泣いた時みたいに泣きたい」と、息子が言ったのです(彼は、1ヶ月半ほど前、初めてF先生の相談室で抱っこ法を経験し、その時は、弟が生まれてきてからの寂しかった気持ち、甘えたいのに我慢していた気持ちを吐き出しました)。私は、彼も私と同じようにこの一週間精神的にかなり参っているだろうから、近々抱っこ法をしてあげないとなあと思っていたので急遽、試みることにしました。

 最初はいじめられたことについて泣いて語り始めましたが、だんだん話がさかのぼっていきます。「そう、そういうことが辛かったの」と、相づちを打っているうちに突然、「僕がママのお腹の中にいる時、ママに会いたくて、会いたくて、会えないことが寂しかったの」と言い出しました。私は最初、次男がお腹にいる時のこと(私は次男を妊娠中、出産時まで含めて3度入院しました)かと思っていたのですが、息子は「違う、僕がお腹にいる時!」と言い張ります。そのまま聞いていると、「僕は、僕の誕生日の日に生まれてこられなかったのが悔しかったの」と言いました。彼は、確かに予定日より2日遅れての誕生でした。さらに「僕は、早くお兄ちゃんになりたかったの」と続けたのです。彼は今現在、1歳5ヶ月になる弟がいるので「○○はもうお兄ちゃんじゃない」と言うと、息子は「違う。僕は早く歩けるようになって、早く一人でご飯を食べれるようになって、早く一人でお着替えが出来るようになりたかったの」と言うのです。この事もまた、確かに彼は10ヶ月で歩き始め、1歳のお誕生日の頃にはスプーンとフォークを持って一人で食事をし、なんでも自立は早いほうでした。これは本当にお腹の中での事を言ってるなと思い、生まれてくるときのことを尋ねると、事細かに話してくれました。そして、お腹の中から出てきて、ママの顔を見たときはとてもうれしかったと言ってくれました。私はただ、ただ驚くばかりでした。彼はすっきりしたらしく、その後ぐっすり寝ました。

 しかしその晩、私は「なぜ、彼がそこまで私に早く会いたかったのか?なぜ、早く大きくなりたかったのか?」を考えているうちに、思い出したのです。その頃、私が心の傷を抱き、癒されていなかったことを……。当時私は人間関係において大きな打撃を受け、また外国に住んでいたため、親は近くにいず、夫は仕事で毎晩帰りは遅い、気心知れる友達はいない、etc.の理由で、寂しくて寂しくてたまらなかったのです。人間不信に陥り、「私のことを真に必要としてくれる人はいないのではないか?」とか、「私は社会不適応者なのではないか?」とか考えたこともありました。
 「そうだったのか。息子は早く私を救いたくて、『僕はママのことを必要としているよ』と伝えたくて早く生まれてきたかったんだ」と気付いた時、今までの全ての事が分かりました。彼が、異常に私にべったりだったこと、友達に対して独占欲が強すぎること、パパになかなかなつかなかったことなど、まさしく行き詰まっていたジグソーパズルがみるみる出来上がっていくかのように、次々に今までのいろいろなことが理解できたのです。私は思わず、息子の私に対するあふれんばかりの愛情に涙し、私自身癒された気持ちになりました。

 その時私は、抱っこ法の真の意義が分かったような気がしました。自分が子どもを癒してあげるのではなく、子どもの心の傷を聞いて、自分の眠っていた心の傷がうずき、しかし子どもの母を想う気持ちに自分が癒されるのです。そして母親が癒されることで子どもも癒されるのですね。

 「胎教」と巷でよく言われます。クラッシックを聞かせると良いとか、英語を聞かせると英語を早く話せるようになる子どもが生まれるとか、よく聞きますが、真の「胎教」とは、母親が安定した精神で我が子を愛しむこと、それが一番の胎教なのではないかと今回の体験を基につくづく感じました。

 次の日から息子は、今までいじめられていたお友達に少しずつですが、ちゃんと言い返せたり、やり返したりできるようになりました。いっしょに遊んでいる姿を見ていても、以前のようなぎこちなさを感じず、狂っていた歯車がちゃんと回るようになった、そんな感じです。

 「『イクジ』という言葉は、『育児』ではなく『育自』なんだ」と、あるお母さんがいっていました。本当にその通りだと思います。これから先、たくさんの辛いことに出会うでしょうが、抱っこ法を通して「育自」していきたいと思います。

 抱っこ法に知り合えたこと、F先生に出会えたこと、そして今回のトラブルですばらしい友人に出会えたこと、本当に感謝しております。そしてまた、たくさんの方々が抱っこ法にめぐり会い、癒され、楽しんで子育てできることを願っております。